なんだか、ひとり。

28歳のブログです。

【読書】その考えが許されないの、わからないんですか?

新潮社から出ている、吉川トリコさんの『おんなのじかん』をまた読んだ。

しかも、音読で。

この本のあとがきにもご自身で書かれているが、非常に勢いのある文体で、著者のお友達曰く、

非常に“おしゃべりな文体”なのである。

だから、音読をしたかったのだ。

一つの章の長いこと。読み切った後は、非常に読み切った感があって、すこぶる気持ちいい。ただ、ある章のBLや腐女子など、親のいる手前では「どうしても無理だ、これは」というのだけを除いて、

読み切れた!

4月は毎朝、これを朗読することに努めた。

このおしゃべりな文体。並べていいのかわからないんだが、kemioに通ずるものを感じて、

今からkemioの新作エッセイが楽しみで仕方ない。

案の定、彼の新作イベントの当選は挑戦をするまもなく、あっという間に締め切られたのだが。

さて、話は戻って吉川トリコさんのあとがきがダイレクトに私の心に響いたので、共有させていただきたい。

大切なのは目の前にいる相手ーー相手が目の前にいない場合は不特定多数のだれかーーの境遇をどこまで慮れるかに尽きるんじゃないだろうか。名前や年齢や生まれた場所や家庭の環境や恋人の有無やなんやかんや、相手の情報などなにひとつ知らなかったとしても、想像力さえ働かせれば楽しいおしゃべりはいくらでもできる。

かつてないスピードで価値観の刷新が行われている現代において、昨日までOKだったことが今日になったらアウトになっているーーなんて経験をしたことのある人も少なくないだろう(それは今日になったからアウトなのではなく、昨日もその前もずー-----っと昔からそもそもアウトだったんだけど)。

私も急な感情が脳に到達すると、

相手を傷つけてしまうような言葉を吐きかねないときがある。その時はなるべく自分自身を落ち着かせて、この難からは逃れるのだが。

でも、どうして、

どこかの誰かを傷つけるかもしれない可能性を無くそうと、減らそうとしないんだろう。

やはり最近のニュースを見ていても、思う。

あの吉野家の取締役もずっとあの立場だったから、OKというよりは、周りの人たちが黙認するしかなかった発言をずっとしていても、

やってこられたんだろう。

まあどのみち、あのような発言と考えをお持ちの人は、

どこかで摘まれるはずで

今回がそうだったんだなーとニュースを見ていて思う。もう、あの歳であのような発言をする大人を誰も止められない。だって、怖いもん。

まあ、プーチンも同じだよなと思いつつ、

また私はニュースを見る。

世のあのような男たちは、自分の体が衰えて身動き取れなくなった時に、しっぺ返しされるまで気づかないんだろうなー。